日本の大手印刷会社である凸版印刷の印刷技術は出版印刷だけでなく、証券やカード、ディスプレイ関連、半導体関連、パッケージなど様々な面に印刷技術を応用している。凸版印刷の金子眞吾社長によれば、その技術は、布に小さな針をつけ全く痛みを感じさせずに予防接種ができるマイクロニードルや遺伝子解析などにも及ぶという。我々が全く知らない印刷の未来が語られた。

――世界遺産・故宮をデジタルアーカイブした映像を見させていただきました。すごいですね。一般公開しているのは土曜日だけだそうですが、もっと公開したほうがいいと思います。中国から日本へ来られた方も見学するべきだと思います。1f7f2b5a2fc2158f01e77f98ed7f0d74f.jpg
このプロジェクトは11年目です。毎日公開しないのは、我々が今もそのシアターのスクリーンを使って研究開発を続けているからです。別に公開用のスクリーンがあればよいのですが。

――VR(バーチャル・リアリティ)は、中国の機関と共同で研究していますが、ほかの国の機関とも共同開発していますか?
いいえ、していません。VRを故宮博物院と共同で取り組んだのは■(登β)小平氏の娘さんが我々のVRを見て、製作に意欲を示したことが始まりです。この事業は、文化財をアーカイブス化してどのようにアウトプットし、世の中の皆様に見ていただくかという面で、非常に意味があると思います。
文化財も、非公開にして誰も見たことがなければ、その価値を知ることはできません。それをアーカイブス化することで、多くの人が見て認識することができるようになるのです。こうして先人の文化を知ることができるようになるのです。我々はDVDなどで商品化していますから、誰でも気軽に見ることが可能です。
この建物にもシアターがありますし、中国北京の故宮博物館にもシアターがありますが、故宮博物館でご覧になるのは中国共産党の幹部の方がほとんどで、一般の方はその存在を知らないかもしれません。ですが、研究が終わり完成すれば、いずれは一般公開されるとのことです。現在、故宮内のさまざまな建物を再現していますから、コンテンツはどんどんと増えていっています。中には誰も見たことがないような非公開の建物やすでに大部分が失われた建物も含まれていて、それを建築された当時の状態で再現しているので、本来がどういう姿であったか知ることができます。それがVRの特長です。

電子書籍ストアの展開

――出版業界ではデジタル化が進んでいます。デジタル化に関してどのような戦略を考えていますか?
29361ae1cfcb665ae9c670ad9c8e07154.jpg 我々はいち早くデジタル化に取り組んみ、文字をデジタル化したのが始まりで、そのあと図形、画像へと移っていきました。我々はコンテンツフォルダーではないので、コンテンツをお預かりして、それを今持てる技術を使ってデータ化し、ペーパーメディアに変換してきました。ですがデジタルメディアが発展するとともに、展開する先が変わってきたということです。ペーパーメディアでは紙で製品にしてお届けするまでが我々の仕事でしたが、デジタルメディアでは配信すればそれで終わりですので、その点が違います。ですから、デジタル端末メーカーとも手を組み、また電子書籍ストアをつくり、販売するなどしています。あらゆるメディアで展開できるという点で、ライバルは少ないと考えています。
デジタル化の技術に関しては他社に負けない最高のものを持っていると自負しています。

――デジタル・メディアの占める比率はどれくらいですか?
デジタル・メディアは立ち上がったばかりで、いうほどの割合ではありません。デジタル化はアメリカのキンドルが先行し、日本もようやくデジタル化が始まったところですが、電子書籍に対して出版業界にはルールが確立されていません。
現在の日本の出版業界には再販制度があり、定価が守られていて、出版社・流通会社の取り分が決められています。ですから、安心して出版ができたのです。しかし、電子メディアはそういったルール化がされてません。ですから、キンドルなどの会社から高い取り分を要求される可能性もあるのです。現在、そのルール化も進んできました。これが完全に定着すれば、電子書籍を販売するネットショップは急増するでしょう。我々が所有するデジタルコンテンツは4万点ほどですが、10万点まで増やし、ユーザーが本を自由に選択できるよい書店にしたいと考えています。

――日本はデジタル化が遅い気がしますが。
日本はデジタル化の技術に関しては高いものを持っています。ですが、展開するメディア端末が多くないので、アメリカのほうが進んでいるように見えるのです。欧米はアルファベット24文字と数字の0~9を組み合わせればほぼ表現することができますが、日本語には漢字・ひらがな・カタカナ・ルビと複雑で、いろいろな基準があるので難しいのです。
英語の本は、厚さに違いがありますが、中のレイアウトはほぼ同じです。一方、日本の書籍は活字の書体から級数などいろいろ工夫があります。

――御社がキンドルのように端末をつくるような計画はありますか?
実はキンドル端末の前面版パネルは我々がずっとお手伝いしていたのです。キンドルの端末はイーインク社の技術を使ってできており、我々とイーインク社は10年以上一緒に研究開発をやっていましたから。ただ、我々は最終商品をつくって販売する会社ではありませんし、そういった技術もなく、販売ルートも持っていません。会社と会社の間で展開するBtoBの会社なのです。

――1983年にはICチップインカード開発を始めています。そのころまだ市場性は見えていなかったと思いますが、どうして始めようと思われたのでしょうか?
これは決して我々が先駆けて始めたわけではなく、我々には多くのお客様がいますから、そういった企業の方々と日々商談を重ねていくうちに、必要性が生じて始めることになったのです。我々単独で始めたことではありません。
そのほかさまざま事業に取り組んでいますが、すべてなんらの必要性があって始めたものです。単独でその分野に進出して1人勝ちするようなことはありませんが、その代わり、さまざまな客様から幅広いニーズがありますので、それらを整理して俯瞰して見ると、現在どのようなトレンドがあり、どのような方向に進んでいるのかがわかるのです。
お客様の意見を聞き、お客様からいただいた発注の分だけを生産するのです。製造ラインをつくり、宣伝費をかけて自ら販売するような会社ではありません。宣伝費をかける必要もあまりありませんので、リスクは非常に小さいです。

印刷技術は幅広い分野で活用することができる

――中国のペーパー・メディアは現在発展していますが、いずれは頭打ちになる日がやってきます。そのときには、凸版印刷のように3da434f986c1501dd5739eb483df34f94.jpg 多方面へと進出する企業を見習う必要があるでしょう。
そうかもしれません。印刷産業というのは出版・カタログといったものばかりであると一般的に見られがちです。そこで発展できないという印象を持たれるのだと思います。ですが、ベースになっている印刷技術は幅広い分野で活用することができるのです。将来、ペーパー・メディアの運命がどうなろうとも、あらゆる分野に進出できると考えていますから、これから印刷技術というのはさらに必要とされていくと思っています。

――各分野の売上に占める割合はどのくらいですか?
我々は事業を大きく三つに分けています。一つは情報・ネットワーク系で、出版印刷・商業印刷・証券やカードがこれに含まれます。純粋なペーパー・メディアに近いものです。これらが我々の売上高約1兆5000億円のうち、約9000億円を占め、約6割に当たります。以前は、そのほかの約4割をエレクトロニクス系(ディスプレイ関連、半導体関連)と生活環境系(パッケージ、高機能・エネルギー関連、建装材)が半々で分け合っていましたが、ディスプレイ関連の売上が落ちましたので、生活環境系のほうが割合は大きくなっています。ですから、売上が大きい順にいうと1番は情報・ネットワーク系、2番目が生活環境系、その次がエレクトロニクス系です。
そのほかに、我々が注目しているのは環境クリーンエネルギー分野です。世界中の都市で、社会全体が見える化をしてムダを省くことでスマートシティ化を目指しています。こうすることで、半永久的に持続可能な社会をつくろうと考えているのです。ですから、家のつくり、街のつくりを考え、エネルギーをどこで生み、どこに貯めておくかということを考えるようになってきているのです。こういった分野は中国だけで、1000兆円規模の市場があるといわれています。そのなかで、我々の印刷技術もお役に立てていただいています。
さきほど、我々の事業を三つに分けましたが、それらに加わる四つ目の「系」になる可能性もあります。これにはエレクトロニクス系の技術も生活環境系の技術も必要になってきますから、中国は非常に大きな市場になるのではないかと期待しています。

電子メディアの情報は頭に残らない


――私は長年メディア業界で仕事をしていますが、印刷業の未来には不安を持っていました。
それはあまりにネガティブですね。印刷テクノロジーというものはあらゆるものに通じるので、未来は明るいと思っています。この技術をよりいっそう磨いていくことが我々の生きる道でありますし、このまま発展し続けることができると考えています。
ペーパーメディアに対する電子メディアは安くて機能も充実してきていますから、伸びていくでしょう。瞬間的に発信できてすぐに吸収でき、すぐに忘れていい情報は電子メディアで伝達したほうがよいでしょう。しかし、吸収し教養として残すような知識はペーパーメディアのほうがよいと思います。電子メディアでは、さほど頭に残らないのではないでしょうか。
印刷物は語幹で感じることができるものです。いくら電子メディア進歩して画面がきれいになっても、印刷物の美しさには遠くおよびません。画素数がどんなに高くても、記憶としてしっかり残すレベルには至らないのです。
ペーパーメディアはペーパーメディアとして大事にしなくてはなりません。その技術はすでにかなり高いレベルにあり、これから急速に研究が進むということはありませんが、すでに十分なレベルにあるのです。
印刷メディアは絶対になくなりません。多くの人々が心配しているのは、たとえば韓国が学校の教科書をデジタル化するなどといった情報が入ってくるからでしょう。ですが、こういったものは教科書には向きません。頭に残らないからです。
もちろん、デジタルメディアにはよい部分もありますから、双方に存在の意義があります。ですから、住み分けをするべきです。


日本と中国、印刷技術の差は10年


――北京には2社の印刷工場がありますね。事業は順調ですか?
トッパンリーフォンと北京日邦印刷ですね。順調に成長しています。
中国はこれからの市場です。我々のような印刷テクノロジーを持つ企業はありません。しかし、出版印刷そのものは、中国にもよい印刷機を導入している工場は数多くありますから、我々が30年かけて開発したものもお金があれば購入できます。それだけできれいに印刷することができるのです。しかし、印刷もコンテンツのレイアウトから始まって、書籍の内容や企画など総合的な技術が必要ですから、どういうものを世の中に打ち出していくかという出版文化の面では、まだまだ発展の余地があるかもしれません。日本とは10年ほどの差があるでしょうか。4d3b70a5078559284472c4c62cc542140.jpg

――中国に行かれて中国の雑誌をご覧になることもあるかと思いますが、印象はいかがですか? 日本に比べてまだまだ後れていると思いますが。
ずいぶんとよくなったと思います。我々は中国で高級印刷物を中心に展開していますが、中国には安く大量に印刷するというニーズもありますから、そういう意味で中国印刷業界は市場のニーズを満たしていますし、悲観的になることはないと思います。

――中国では出版印刷のコストが高まっています。これから拠点をタイやインドネシアへと移していくようなことは考えていますか?
将来的には十分にありえます。ですがまだまだ先のことで、私が生きているうちは難しいかもしれません(笑)。出版には文化度が関係してきます。基本的な生活以外にお金を使う余裕が出て初めて出版物が売れるようになるのです。教科書を買うお金がないような状況ではそれは難しいでしょう。欧米や日本の出版量が多いのはそういう文化面が大きいのです。
東南アジアも急速に発展していますから、今後大きな市場になる可能性は十分にあります。これはインドやブラジルなども含めてです。

あっと驚く最新印刷技術


――印刷の未来はどうでしょうか?
印刷にはさまざまな技術が必要で、ペーパーメディアにアウトプットすることだけに限定すると、やがてなくなるなどという議論になるかもしれませんが、パッケージの印刷などもありますから、これも印刷ということになるのです。テレビの余分な光を遮断するフィルムもまた印刷技術によるものですから、総合的な技術が必要になります。印刷技術がなければ、大量に安くつくるという生産スタイルは成り立ちません。最初は手書きであった本も、大量に必要になり印刷されましたが、どんな製品でも大量に必要になれば印刷技術が必要になるのです。ICタグもいずれは印刷でできるようになるでしょう。そうなれば大量に世の中に広まっていくようになり、トレースアビリティなどの技術で、製品が現在どこにあるか一目瞭然になるのです。

――印刷技術にもさまざまなものがあるということはよく分かりました。今後、印刷技術を応用して何か取り組みたいことなどはありますか?
現在、我々が取り組んでいるものの中には、新しいものもいくつかあります。その中の一つがマイクロニードルというもので、半導体のエレクトロニクスを応用し、面にミクロの針をつくりだし、肌に直接張ることができる技術を開発しています。ある製薬会社と化粧品会社との共同開発です。
5.jpg こうすれば針は痛点まで達さないので、予防接種も布を肌に貼るだけで、何の痛みもなく済ませることができます。子供の予防接種には最適で、泣くこともなくなるでしょう。そのほかの使い方として今のところは、医療制度の面で実用化の了解がとれていない段階ですが、シワやシミを取る際にも効果的で、シップのように貼っておくだけできれいになるのです。今まで、薬が浸透しにくかったものが、針で注入することで奥深くまで浸透するようになり、これは我々の微細化技術の成果の一つです。これも印刷技術なのです。今後、大きなマーケットになるのではないかと期待しています。
もう一つは、DNA検査技術に関しても協力している部分があります。ヒトゲノムの解析はすべて終わっていますが、それをどう活用するかという部分の問題があります。例えば、薬品も効きやすい人と効きにくい人がいます。また、もっとも考慮しなければならないのが副作用の有無です。こういったものはDNAを見ることで、薬の効き目や副作用の有無が分かるのです。
医師が判断する場合は、それぞれの医師の経験に基づくことになります。そうすると、いろいろな薬を試すうちに手遅れになってしまう可能性があるのです。しかし、DNAを見ることで、的確な判断を下すことができるようになります。
我々の遺伝子解析機は、大変世の中のお役に立てるものだと考えています。
日本の理化学研究所には、すでに日本人のいろいろな病気のデータベースがありますが、それをどう使えばいいのかが問題なのです。そこで我々に相談され、医療現場で60分以内で分かる機械をつくりましょうということになったのです。一般的に、検査機関にお出すと1週間ほどかかります。これでは現場で対処することができません。
現在、タイで研究しています。タイはエイズが蔓延していて深刻な問題となっていて、そういった病例を集めて薬が効いたか効かなかったを調べています。
遺伝子を調べると、今後どのような病気になる可能性が高いか分かるようになります。そうなると、予防医学というものが発展していくことになります。糖尿病や脳卒中になりやすいと分かれば、あらかじめ気をつけることが可能です。