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スピーチタイトル私の心の中の美


私の名前は張時偉です。映画監督をしています。
ドキュメンタリー映画をメインに制作していますが、フィクション映画やMV、CMなども監督しています。今日は皆さまに私の追求する「美」とは何かについて、お話させていただきます。本日のスピーチはこのように進行させていただきます。

1.自己紹介

2.私が最初に追い求めていた美について
3.私の心の中の美の発見
4.豊浜ちょうさ祭り
5.まとめ


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1. 私は86年の10月に中国の上海で生まれた中国人です。一人っ子です。3歳の頃に日本の東京へ行きました。
1993年、恐竜を題材にした“ジュラシックパーク”というハリウッド映画が世界中で公開されました。今まで絵でしか恐竜を見たことない私は、太古の世界から現代へ生き返った恐竜が縦横無尽に動き回っているこの映画を見て大興奮しました。その時から、私は映画、特にハリウッド映画に興味を持ち始め、ビデオを借りてきて色々な映画を見ました。私は映画の内容にも夢中になりましたが、カメラの後ろで忙しく動き回る映画スタッフたちの存在も知り、彼ら仕事ぶりにも関心を持つようになりました。特に映画監督に。現実には存在しない不可能なことを可能にしていくチームのリーダーです。私は映画監督は、恐竜博士よりもカッコいい仕事だと思い、11歳の時に将来はハリウッドの映画監督になろうと決めました。


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2. 私は長い間、映画というものは完璧な「美」だと思っていました。
監督の素晴らしい演出、整った顔立ちの俳優たちの感情豊かな演技、絵画のようなカメラの構図、リアルなCG技術、そしてハラハラドキドキする物語。これらの完璧な美が混ざり合って観客が感動するのだと思っていました。それらは私にとっては現実とはかけ離れた別の世界、まるで神話のような存在でした。古代ギリシャの彫刻や、ルネサンスの芸術作品のようなものに感じられたのです。私が、ジュラシックパークを好きになり、映画の魅力に取り憑かれたのもこの完璧な「美」のおかげだと思っていました。そして自分も、いつかこのような、映画の中にある完璧な「美」を作るつもりで、高校卒業後はアメリカの大学に留学し、映画監督科へ進学しました。


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当時の私の大学の生活は、私が作り出そうとする神話とはかけ離れた、とても地味なものでした。当時私がホームステイしていた家から大学まではバスを乗り降りして、片道2時間半の距離でした。朝の8:40に授業が行われる場合、私は遅くても5時半には起きて、6時ごろには家を出なければなりません。また、夜までひたすら予習と復習をし、土日はひたすら課題制作に没頭する日々でした。パーティー生活とはまったく無縁でしたが、当時の私は「完璧な美」の追求に余念がなかったので、苦労も感じず、楽しみながら勉強していました。ですが、その頃から徐々に、心の中であるモヤモヤとした感情が生まれてきます。自分が映像の中で作っている世界と、自分が生活している現実の世界に、大きなギャップがあると感じ初めたのです。カメラのファインダーで覗く照明を当てられたお姫様役の綺麗な女優さんの演技も美しいが、自分が毎日バスの外から見ている日常の風景や普通の人々の生活の様子も、とても美しく感じていました。ただし映画は完璧な美であるべきなので、自分の映画には前者の方だけを取り入れなければ(いけない)。私はこのモヤモヤした感情の正体を深く考えずに、アメリカでの勉強を終え、日本と中国でCMとMVの監督を始めました。


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CMやMVで特に求められるのは、映像の美しさです。ミュージシャンの顔や、商品を、自分が納得する完璧な「美」の状態まで撮影できるので、映画監督へ目指すには良い経験だと思い、仕事を続けました。時折、私はこれらの映像に多少の物語の要素を入れたりもしましたが、なかなか映画の様にはなりません。私は綺麗な映像の中に、勧善懲悪的な話や、自分が好きな映画を参考にした話を盛り込んだりしました。しかし、決して自分の経験した出来事や体験を映像の中に盛り込むことはありませんでした。僕の生活はきわめて普通で、普通のことしか経験していなかったから、面白くないと考えていました。しかし、私が仕事で作った映像作品は表面上は綺麗なのですが、それだけの様に感じました。何度も何度も見ていられる映画とは明らかに違うのです。とても綺麗な映像と理想的な物語を描いてるはずのに、何が足りないのです。私はこの頃から映画には、完璧とはまた異なる別の「美」があるのではないか?と考え始めました。留学中に感じた気持ちと似ているなと思いましたが、なかなかその疑問の答えが分かりませんでした。

そんなある日、私は新しい分野の仕事を依頼されます。日本で活躍する中国人の仕事に何日か密着し、短編ドキュメンタリー映画を作ることでした。ドキュメンタリーの撮影始めでした。他人に何日も密着して撮影すること自体初めてで、始めはどのようにアプローチすればいいか分からず戸惑いました。


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オペラ歌手や写真家、画家、餃子店の経営者、キャラ弁作りが上手いお母さんなど様々な業種の普通の在日中国人を撮影してゆきました。何日も彼らに密着してゆくとお互いに親しくなり、彼らの様々なことを知ってゆきます。彼らの家族や友人のこと、将来の夢や期待、不安や悩み、どのように困難を乗り越えて現在に至るかなど。僕はまだ若かったので彼らほどの人生経験はなかったですが、それでも共感を覚えました。なぜなら彼らは全員僕と同じ、日本にいる中国人だからです。彼らの苦労話は自分の親が経験してきた苦労話と非常に似ています。彼らの子供達は、日本で育った僕と状況が似ています。家の中では中国語を使い、仕事場では日本語を使う。


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このドキュメンタリー撮影を通し、私は今まで普通だと思っていた自分自身のことを(在日中国人の1人ということ、夢に向かって頑張っている1人ということ等)、客観的に見つめ直しているように思えました。そして、それらは感動的で、個性的で、面白いものでした。私は、自分が共感を覚え、感動したポイントに絞って映画を編集をしてゆきました。私は、彼らの存在を、日本で頑張っている在日中国人の存在を、たくさんの人に知ってほしいという純粋な気持ちで編集をしました。映像の美しさやカッコいいカメラアングルではなく、映像の中身に集中して、編集をしました。すると完成した映画は非常に多くの方の評価を得ることができました。また、作品のうちの何本かはCCTVなどでも報道されより多くの方に見られました。私の想いは伝わったと感じました。私は、映画で重要なのは、表面的な美しさ(映像美など)ではなく、内面の美しさ(感動や共感)なのだと気付きました。そして、私が何年も考え、疑問に思っていたことの答えが分かったような気がしました。私が(映画を作る上で)追い求めるべきなのは完璧な「美」ではなく、侘び寂びの「美」だったのです。


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3. 2年ほど前、私はたまたま自分のドキュメンタリー作品をある年配の日本の映画監督に見せる機会がありました。すると彼は「きみの作る映画はわびさびが感じられますね」と言いました。私はその意味がよく分からず、何日もそのことを考えました。侘び寂び。この言葉の概念自体は中国の宋王朝の時代に道教から生まれ、のちに日本の禅仏教に取り込まれたそうです。「侘(わび)」は、「つつましく簡素なものの優美」を意味し、「寂(さび)」は、「時間の経過とそれに伴う劣化」を意味します。つまり、侘び寂びは“不完全で不十分な姿を愛でる”ということになります。しかし、この説明は「わびさび」の表面をかすめるくらいしかできません。多くの日本人は、感覚ではこの言葉を分かっていても、口で説明するには難しいと感じていると思います。侘び寂びは日本の古くから続いている美意識でありますが、意味をはっきり定義するのが難しい言葉なのです。不完全で不十分だからこそ、我々の想像力を刺激するのです。


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しかし、侘び寂びの美は、完璧な美とは大きく違います。むしろ真逆の意味でしょう。そして侘び寂びの美こそ、私が人生で経験してきた美であり、追い求めていた美なのです。


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このことを理解すると、私の長年のモヤモヤは晴れました。同時に私はこの美を自分なりに解釈してみました。私の解釈した侘び寂びの美とは、普通の美であり、誰にでもある美であり、純粋な美であり、特徴のある美あり、完成されていない美です。
普通の美とは、わざわざ何か新しいものを加えたり慣れないことをしたりせず、いつも通りの様子を映し出すことが美しいのです。不十分であったり、不完全で当然です。それを正直に見せれば、相手は必ず共感を覚えるはずです。
誰にでもある美とは、一般人や俳優、有名や無名、動物や植物にかかわらず、万物のものに美しさがあるということを指しています。重要なのはこれは美しい、これは美しくないという風に分けないことです。すべてのものが個性的で私にとっては美しさの対象なのです。


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純粋な美とは、純粋な志をもって挑戦することが美しいということです。勝ち負けの結果でなく、挑戦をすることの過程こそが感動的であり、美しいのです。
そして特徴のある美とは、世界中のどの美術も特徴があり、その独自の文化の中で育ったものは唯一無二であり誰にも真似することができません。それが美しいのです。
私はこのことに気づいてからは(今まで無意識にやっていたのかもしれませんが)、心の中でより強くこれらのことを意識しながら、自分の映画を作っています。

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4. 去年、私は日本の香川県にある豊浜町という町で100年以上続いているお祭りにフォーカスしたドキュメンタリー映画を監督しました。この町の人口はわずか8000人ですが、毎年お祭りが行われる10月になると全国から5万人もの人が詰めかけます。一年に一度、3日だけ開催されるこのお祭りのために町の人は半年前からこのお祭りの準備を始めます。


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私はこの作品を撮るため、2週間現地に滞在し、地元の人と生活をともにしました。このお祭りの主人公は巨大な台車なのですが、これを町の人は一ヶ月前から組み上げていきます。最初、よそ者の僕がその組み上げる様子を撮影することに、町の人は不思議な様子でした。一体この組み上げのどこが面白いのか分からなかったそうです。完成した台車は綺麗だから、そちらを撮った方がいいよと言われました。彼らにとっては地味で当たり前のことでしたが、僕にとっては、普通の若者から老人まで、町人みんなが集まって、台車を一緒に組み上げる姿こそが美しかったのです。


町の人は100年以上もの間、このお祭りの伝統を守り続けています。都心だけでなく、世界中にいるこの町の出身者は、必ずこのお祭りのために(お盆や正月よりも優先されます)集まってきます。お互いにお金を出し合い、力を合わせ、少しでも皆が満足にお祭りを実行できるように、来年も無事に続けられるように集まってきます。私はこの彼らの純粋な心に感動し、作品の中のその美しさを込めました。


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完成した作品はありがたいことに多くの賞をいただき、テレビやメディアにもこの映画のことが報道されました。

5. この世にはもちろん完璧な美も存在します。しかし、私の追求すべき美は、もっと不完全で、ありのままの姿をよしとする美でした。中国、日本、アメリカ、三つの国と文化を体験し、やっと発見することができたこの私の心の中の美をこれからも大切にしながら、映画を作っていきます。


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