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歌声で世界に橋をかける
日本在住著名中国人歌手~李広宏(リー・グアンホン)


    李広宏(リー・グアンホン)は1961年蘇州生まれのミュージシャンで、幼い頃より音楽の素養を磨いてきた。6歳の時には地域の文化宣伝団に共に工場での慰問公演に出演し、数千人の観客を前にして「北京的金山上(北京の金山の上)」を歌い踊った。割れんばかりの喝采の声は今も忘れがたい。


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李広宏


    16歳の時、李広宏は滬劇の俳優になった。1987年には視野を広げるために日本に留学。来日8か月でテレビ東京主催の「第12回外国人歌謡大賞」に出場した際は、次々と勝ち抜いて決勝に進出し、難度の高い日本の歌曲で入賞した。この時の挑戦の成功によって、李広宏は自身の歌声が持つ潜在能力に気づく。


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来日8か月目東京外国人歌謡大会を参加し賞をもらった


    東京で日本語と英語を学びながら週末には中国語教室の教師として働く中で、後に夫人となる日本人女性、博子さんと知り合う。大学の図書館で働く博子さんは子供の頃から能楽が好きで、日本の能楽や多くの伝統芸能の源流が中国にあることを知ってから中国語を習い始め、京劇など中国の伝統芸能にも興味を持つようになった。こうして2人は伝統芸能という共通の趣味が縁で結ばれることになる。


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李広宏と妻、息子と妻の両親

 
    結婚後、李広宏は東京を離れて夫人の実家がある神戸に拠点を移す。当時、日中貿易における最大の分野はアパレル・紡績産業だった。理想的な就職口を手に入れるために、服装デザインの名門モード学院で学び、卒業後は紡績企業に好条件で採用された。1年後、さらに視野を広げるために今度はニューヨークに留学して研鑽を積む。

    来日当初は日本語を早く身に着けるために、日本の童謡や抒情歌曲の中国語訳を試みていた。その中で李広宏は日本語の奥の深さを知り、正確な日本語の発音を身に着けると同時に、時代を超えて歌い継がれる代表的な日本の古い歌曲の魅力を理解した。李広宏は伝統演劇の俳優だった頃に学んだ中国伝統演劇の洗練された語彙を駆使し、日本の優れた歌曲を何曲も中国語に翻訳した。1998年、アメリカから日本に戻ると、翻訳した曲の中から16曲を選び、夫人の励ましを受けて、初めてのCD「中国語で歌う日本の歌」を自主制作する。そのうち、「蘇州夜曲」は絶妙な中国語訳と美しい歌声によって、サントリーのウーロン茶のCMにも使われた。李広宏が翻訳した歌曲は日本のテレビ局やラジオ局、新聞各紙によって争って報じられた他、中国の中央テレビにあたるNHKの中国語講座のテキストにも掲載され、広く大衆に愛されるようになる。李広宏は改めて将来の道を考え直し、芸術家こそが自身の天職であると考え、最終的に歌手として生きることを選んだ。
            
    李広宏は「郷恋」、「牧羊姑娘」、「在那遙遠的地方」、「花児為什麼這様紅」、「在那銀色的月光下」などの優れた中国歌曲の日本語訳以外にも、初めて京劇や滬劇の演目を日本語に訳したCDを制作して日本で紹介し、日本の聴衆に大きな反響を呼んだ。
          
    よく知られている日本の名曲「千の風になって」(原詞は作者不詳の英文詞)を中国語に訳した歌詞は東京大学中国文学者藤井省三教授に絶賛された。李広宏は、この曲の日本語訳をした作家の新井満氏から中国語版の著作権を取得している。

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アルバム「我已成千之風(千の風になって)」

 

    2008年5月12日、CD発売の日は四川省汶川で四川大地震が起きた日だった。6月16日、李広宏はリリースしたばかりの「我已成千之風(千の風になって)」のCDと特製Tシャツ、また日本の千の風・基金が寄贈する文具を持って四川の被災地を訪れた。仮設テントの校舎で生徒たちと共に「我的祖国」、「長江之歌」、「大海啊故郷」など心を動かす日中の歌曲を歌い、最後に「我已成千之風」を歌って被災地の子供たちの傷ついた心を慰めた。李広宏は地震で左足を失った段志秀(ドゥアン・ジーシウ)さんを病院に見舞い、病室で日本の歌曲「ふるさと」を中国語で歌った。その後、段さんは来日して義足をあつらえている。李広宏は自身が節約して貯めてきた50万元(約870万円)の貯金をすべて被災地に寄付し、現地に小学校を建てた。これに続き本やコンピュータ、ピアノなどの楽器も寄贈。さらにCDの売り上げの一部を17歳の杜艶琴(ドゥー・イエンチン)さんに寄付し、杜さんが日本で心臓手術を受けられるよう支援もしている。


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  李広宏と日中友好僑愛学校の学生たち

 

    李広宏は祖国の同胞に貢献したばかりではなく、ハイチ地震や東日本大震災が発生した際には、義捐公演を組織して難度も被災地を慰問している。李広宏の歌声は彼の慈善の心と同様に日中両国民の心を温め、とりわけ被災者の心を慰め励ましてきた。


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四川大震災後、李広宏は自分の貯金を学校に寄付した


    「音楽には国境を越える魅力と力があります。世界のどこにいようと、私は自分が龍の末裔――中国人であることを忘れません。自分のルーツは決して忘れません。」と李広宏は言う。
これまでに、中国・アメリカ・カナダ・フランス・ベトナム・インドネシア・カンボジアなど多くの国でソロコンサートを行ってきた李広宏は、カンボジアの貧しい小学校にも学校施設を寄贈している。音楽を通して李広宏は世界を結ぶ文化芸術の橋をかけてきた。


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    2018年1月末、李広宏は北京で開催される「2018年世界華人春節パーティー」のステージに招待され出演予定だ。2月には人間国宝の筑前琵琶奏者、奥村旭翠との共演も控えている。新たな1年、李広宏の公演とチャリティー事業が一層、成長を遂げることを祈る!


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