梟雄・頼昌星の波乱の人生 |
万象 [2009-04-06] |
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頼昌星の人生はどんな映画よりも波乱に満ちている。学歴もない農民が、1996年以来、アモイ市で石油製品をはじめとする530億元(約7340億円)相当の密輸を手がけたのだ。脱税額は300億元(約4150億円)に達する。その規模もさることながら、驚くべきは共産党、地方政府、軍など各機関と深く結びついていたことだった。頼と結託した関係者らは事件発覚後、次々と失脚している。
専任捜査班の副班長にして、前線の総指揮を執った中国税関総署の牟新生副署長(後に署長に昇任)によれば、頼は3000万元(約4億1500万円)を手に捜査中止を求めて中央政府に働きかけたほどだったと回顧している。牟副署長が襲われるのではとの懸念から護衛2人がつけられたほどだ。
1999年8月9日、香港に潜伏していた頼はひそかにアモイ市へと戻った。しかしこれは専任捜査班の罠だった。頼をおびき出そうと一時、アモイ市から離れていたのだ。10日、捜査班の号令の下、警官200人が頼の拠点5カ所を捜索に踏み切った。しかし拠点はもぬけの殻、内通していた同市税関関長らの知らせで逃げ出したのだという。
頼は車を走らせ香港へと逃げた。しかしそこで待っていたのは税関関長からの「すぐに香港を離れろ」という警告の電話だった。翌日、頼はカナダ行きの飛行機に飛び乗る。それは2度と帰ることのできない流浪の旅の始まりだった。 |