昭和電工は中国との国交回復前から肥料貿易を通じて交流があり、1980年代は石油化学分野で東北地方の大慶石油化学でのコンピュータ制御の技術供与、大慶石化から昭和電工が一企業として最大量のナフサを購入するなど頻繁な交流があった。
当時、石化管理部長としてその中心にいた大橋会長は、日本企業としては他社に先駆けて本社に中国委員会を設立し、中国プロジェクトを推進した。中国とも縁が深く、中国ビジネスに情熱を持たれている大橋会長に、中国の状況やレアアースに関する事情、そして今後の中国経済の見通しなどを聞いた。
企業小説のモデルとなった昭和電工
――1980年代、昭和電工は本社に中国委員会を設立しました。その当時の状況はいかがでしたか?
中国は社会主義国家建設のため、1960年代後半からは食糧の増産にあたって肥料の輸入が不可欠だったので、肥料業界のリーダーとして 昭和電工は中国へ輸出をしていました。日中の国交回復以前に最も早く友好関係を構築していた会社の一つだといえるでしょう。
中国は当時、人の交流や物流に非常に厳しい制限をかけていました。貿易の窓口は広州交易会でしか認めず、広州にしか行けなかったのです。 しかもそれは、香港は未だイギリスが中国から租借していた時代ですから、香港から深センの間は途中国境を歩いて渡り、深センからまた鉄道に乗り、広州まで行くという。これは私より3代前の社長の話ですが、いまだに強い印象として覚えております。
1980年代初期には、中国石油化工総公司(シノペック)が創設され、30万トン級のエチレン計画の一つである大慶石化コンビナートへ、当社のエチレンのコンピュータ・コントロールの技術を供与したのです。
高杉良著の企業小説『生命燃ゆ』は、当社の大分と大慶でのコンビナート建設を舞台にした実録経済小説で、非常に感動的な話です。当社が作った中国語版もあります。その小説の中に、大慶石化とのコンピュータシステム導入にまつわる話も書かれています。大慶から大勢のエンジニアたちが、石化技術を学びに九州の大分にある昭和電工へとやってきたのです。こうした状況の中から中国とのより 強いビジネス関係構築のため、本社に中国委員会を設立しました。本来であれば、中国課や中国室といった名称が日本では一般的なのでしょうが、名刺を出した際、中国の方からすると課や室ではよく分からない。中国委員会であれば非常に見栄えがいいのです。
私は日中関係について情熱を持って取り組んできましたから、中国に対する愛情は中国人の方に負けないつもりです(笑)。発足時の委員会の人数は4人ほどだったのですが、中国人の女性の方にも来ていただきました。日本の女学校を出て、中国で結婚された方で、教えられることも多く非常に勉強になりました。また次男の方は昭和電工の研究所で働いていたこともありました。
現在は海外投資など経営に関する企画、立案は戦略企画室という組織で行なっておりますが、中国は海外戦略の中で最も重要な位置を占めております。
中国で一番力を入れているのはレアアース
――昭和電工には、中国に14の法人と二つの事務所があるということで、中国での事業は順調ですね。
おかげさまで順調に伸びています。とはいえ、私の時代までは、昭和電工自身が非常に厳しい時代もあり、中国へ巨額な投資をすると 失敗した時の影響が大きく、中国との関係すべてがダメになってしまうリスクがありました。それを避けるため、規模は小さくともたくさんの事業をやって、点ではなく面で、幅広く展開するという方針でした。それがここまで順調にきたので、これからは規模の 大きな仕事もやっていこうと思っています。
――14の現地法人がありますが、一番成功した例を教えて下さい。
成功したというより、今一番力を入れているのは希土類、いわゆるレアアースです。邓小平氏は、『中東にはオイルがあるが、中国には希土類がある。希土類は、貴重な地下資源であり、全世界の90%以上を中国が占めている。これを戦略的に使うべきだ」ということをおっしゃっていたのですが、当社はたまたま戦前から合金鉄という、クロムやシリコンなどの非鉄金属を合金化する技術を持っておりました。この技術を使って希土類の中のネオジム(中国が世界の約98%を産出)を合金化する仕事を秩父という所でやっていたのですが、原料が中国にあるのだから、中国と一緒に、合弁でやろうということになったのです。そこで2002年にネオジム系磁石用合金生産工場を内モンゴル自治区包頭(パオトウ)地区に設立しました。
そして2007年からは、江西省赣州(ガンシュウ)市の工場でも生産を始め、現在中国でのネオジム系磁石用合金生産はこの2拠点で行なっています。 ネオジムは現在世界で一番磁力の強い金属と呼ばれていますが、それを合金化することで、例えばエレクトロニクスの分野では、パソコンなどの部品に 使用されており、また、自動車のモーター部品としての需要が伸びていくなど、世界的にも成長が見込まれています。昭和電工の持つ高度な技術を必要とする、他社には真似ができない、そういう事業です。
――アメリカが先日、中国がレアメタル(希少金属)の輸出を不当に制限しているとして、WTO(世界貿易機関)に提訴した というニュースがありましたが、この件についてどのようにお考えですか?
これは採取した原鉱石をそのままで輸出することを制限しているものです。中国政府としては、中国国内で加工し、付加価値をつけて、 その上で輸出を行なうようにしたいのです。さらに言えば、輸出だけでなく国内でエレクトロニクスの機器類、あるいは自動車部品として使われるように、最終段階まで中国でやっていきたいという狙いがあるかと思います。先ほど申し上げたように、我々が行なっているのは、合金化し付加価値をつけたものですし、当社の持っている技術は中国政府も理解を示してくれています。
中国経済は世界で一番早く回復する
――中国の市場をどう思っていますか?
世界的な金融危機の中、中国は最初に回復されるといわれています。中国の株式市場はリーマン・ショック以前にすでに急落し、一時は大変でしたが、現在では大きく回復してきました。胡錦涛国家主席もおっしゃっているように、外需依存から今後は内需を拡大していく。中国の内陸部の発展を促し、内陸部の人たちにたくさん物を買ってもらえるような構造を作っていく方針で、私は本当に正しい方向性だと思っています。日本の人口は中国の約10分の1ですが、それでも都市と地方の格差は大きくありました。しかし、昭和30年代に列島改造論で地方の急速な所得の上昇と購買力の 向上を呼びおこし、地方でも需要が創出されてきたのです。今、中国はその段階にあると思います。今後世界経済の成り行きによっては中国経済も一時的にダウンすることもあるかも知れませんが、私はこの回復は本物だと思っています。
現在、内陸部の方は決して裕福というわけではないので、高いものは買うことができません。家電製品や自動車を購入する際、政府から色々と補助金をもらっているということもあるものの、基本的には安くなければ売れません。これは仕方がないことだと思っています。従って、たくさんの機能がついていなくても良いので、少し単純で、価格の安いものを提供していく、これが一番のキーになると私は思っています。それだけに、我々としてはコストダウンに対し、 もの凄いプレッシャーを感じています。どのようにしてコストを下げていくか、どのようにして中国の内陸部の方に買ってもらえるような製品を作っていくのかが重要です。しかし、私はアメリカよりもヨーロッパよりも、また、同じ新興国の中でも、中国が最も回復が早いと思っています。
――2008年に新しい労働契約法が施行されましたが、その後コストの上昇などはありましたか?
全然影響がないということはないでしょう。労働者の保護が重視されるようになってくれば、当然のことですが、当社にも影響は出ます。 とはいえ今のところ、ダイレクトに大きな影響が出ているというわけではありません。今まで同様、そういうことも乗り越えて、中国との関係を今後さらに強化していきたいと考えています。
中国人は日本人より技術レベルが高い
――中国の従業員の技術レベルはどうですか?
現地に従業員は1000人ほどいますが、現地従業員の上昇志向や、生活の質を高めたいという意欲は強いと思います。目の色が違うのです。日本人は残念ながら、これからさらなる向上心を持つという意味では意欲に欠けていると思います。相対的には、中国人の方がポテンシャルを持っており、 レベルは急速に上がっていくと思っています。アメリカやヨーロッパに留学している中国人の方は非常に多く、英語はもちろんのこと、フランス語やドイツ語など複数の言語を学んでいる方がたくさんおられます。そうした人たちが色々なスキルを身につけ中国へ帰国し、中国をさらに素晴らしい国にしていこうとしている。その意欲は、残念ながら日本は負けていると思います。
――中国人と日本人の違いを感じることはありますか?
中国人の方は良くも悪くも自分の権利を主張する人が多いと思います。基本的には日本の会社は終身雇用制であり、多くの人は一度入社したら生涯その会社に勤めると思っているので、みんなで仲良くやっていこうという気持ちが強く、「和」を大事にします。中国人の場合は、一つの会社に入ってもそこで一生終わると思っている人は少ないでしょう。 そこでスキルを身につけ、さらに高い給料や新しいチャンスを求めていきます。ホップ・ステップ・ジャンプで、少しでも自分の生活レベルを高めたいという気持ちが強く、それが会社に対する要求にもつながってきます。一種の欧米化ですね。日本は戦後、アメリカやヨーロッパから様々なものを取り入れてきましたが、欧米化という意味では中国人の方がはるかに進んでいます。 いい面と悪い面の両方があると思いますが、少なくとも頭の中の欧米化は日本よりも進んでいるでしょう。
――時間と労力をかけて育てた従業員が、知識や技術を身につけた後、転職してしまうと会社側は困ると思いますが、そういうケースは多いですか?
そうですね。多いと思います。オペレータークラスの方はともかく、部下をたくさん持つマネージャーのようなポジションに就いている人については、頻繁にコミュニケーションを取り、満足しているかどうか、不満があればどういったことなのかを常に確認しておかないと、気がついたらいつの間にか 辞めてしまうということもあります。
発展する中国の技術力と経済力
――2009年末、あるいは2010年頭に中国のGDP(国内総生産)が日本を抜いて世界2位になるといわれていますが、どうお考えですか?
これは時間の問題です。昨年、一昨年までは、あと3年ほどはかかるだろうと言われていましたが、意外にもっと早く来るかも知れません。今年超えなくても来年には超えるでしょう。今年日本は明らかにマイナス成長ですが、中国の場合、胡主席は何が何でも8%を維持するとおっしゃっていますし、少し前までは、8%維持は厳しいのではないか、せいぜい6・5%ではないかと言われていましたが、最近では8%とまでいかなくても、6・5%よりも高いのではないか、という報告がいくつかの調査機関から出てきています。
しかしこれは国民1人1人の総和ですから、人口が多ければもちろんGDPも高くなります。問題は、1人当たりのGDPがどうかということです。 これは、現時点では中国は低いですが、確実に毎年伸びています。日本経団連の会合で、今年3月に中国共産党中央政治局の李長春常務委員、 そして6月には国務院の王岐山副首相にお目にかかりましたが、お2人とも中国の発展には自信をお持ちになっているという印象を受けました。一方、世界各国が回復に苦労している中、中国だけが突出して回復するということはありません。これだけグローバルな時代になれば、中国が持続的に 発展していくためには、アメリカやヨーロッパ、そして日本の回復も必要でしょう。特に日本と中国は地理的にも非常に近いので、是非いいものを安く 中国へ提供して下さい、そういうお話でした。
――大橋会長から見ると中国の技術力はまだまだですか?
これは分野によって随分違うと思います。
例えば、少し前までは、テレビや冷蔵庫・エアコンなど主に輸入された家電製品は、価格が高く、中国
の皆さんが欲しくてもなかなか買えなかったものですが、次第に手軽に購入できるようになってきました。中国の所得水準が上がってきたこともありますが、中国国内でも価格が安く、性能が良いものを生産できるようになってきたからでしょう。家電製品に関しては、高水準の技術力を持つようになってきたといえます。
自動車に関してはまだ遅れていると思います。部品数が非常に多く、また高い品質を要求されます。こうした部品を海外から輸入しなければ、中国製の車はできないのが現状です。
環境技術・省エネ技術に関しても、日本と比べて中国の技術は遅れているといえるでしょう。それはそこまで厳しい指導を政府がしてこなかったからだと 思います。何か環境問題があっても、中国全体として大きな問題とならなかったのです。
日本の場合、1億2000万人の人間がこれだけ狭い国土に暮らしているので、何か環境問題が起きると、中国に比べると与える影響は遥かに大きいし、住民はもちろんのこと、マスコミも大きく報道します。日本はこれまでの30年間、何がなんでも環境問題・公害を無くそうと必死でやってきましたから、環境技術・省エネ技術に関してはレベルの差がかなりあると思っています。
但し、私は先ほども言いましたが、中国人の能力というのはすごいと思います。真似をするのが上手だと言う方もいますが、真似ができるというのも能力です。日本人も頑張らないと、技術力でもいずれ中国に負けてしまうと思います。
インタビュアー:『月刊中国NEWS』 編集長 張一帆
『月刊中国NEWS』 09年9月号掲載
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